不幸を呼ぶ男




 2代目・桂歌之助という落語家がいた。彼は子供の頃から好きだった落語家になるために1967年に桂米朝に入門の志願し桂扇朝を名乗る。1970年に初舞台。手作りの骸骨人形を操って噺をする珍品「善光寺骨寄せ」を得意ネタとしていた。

 ところが、落語会を開くたびに大きな事故が起こったり、著名人の訃報があったりしたため、「不幸を呼ぶ男」「災害を呼ぶ男」という異名が付いてしまう。本人も自嘲半分で「恐怖の大王」と称していた。代表的なものでは天六ガス爆発事故、千日デパート火災、ホテルニュージャパン火災、日航機羽田沖墜落事故、コンコルド墜落事故のほか、江利チエミ、志村喬、ダイアナ妃の死去などがある。とくに天六ガス爆発事故の際は、落語会を開く予定の寺が負傷者や遺体の収容所になったため、会は中止となった。

 これらを指して、「大惨事悲報のかげに歌之助」という物凄い川柳まで存在するという。

 あまりにも不幸が起こるために姓名判断、字数を考え、1975年1月に歌之助を襲名。しかし、その後も不幸は続いた。

 2002年1月2日に食道がんのため死去。享年55。自身が息を引き取ったのは、師匠米朝が今後大きな会場では独演会をしないと銘打った、最後のサンケイホールの独演会、2日間興行の初日未明だった。

【天六ガス爆発事故】
 1970年4月8日夕刻、大阪市営地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅の工事現場で起こったガス爆発事故である。死者79名、重軽傷者420名の大惨事となった。家屋の被害は全半焼が26戸、損壊が336戸。近隣でドアや窓ガラスが壊れた家屋は1,000戸以上ともいう。

【千日デパート火災】
 1972年5月13日、大阪市の千日デパートで起きた火災。死者118名、重軽傷者78名という日本のビル火災史上最悪の大惨事となった。ここは豊臣秀吉の時代、刑場であり、地元では「千日前デパートの火事の死亡者数は、処刑者の数と同じだった。」と言われている

【ホテルニュージャパン火災】
 1982年2月8日に、東京都千代田区永田町のホテルニュージャパンで起こった火災事故である。33人の死者を出した。

【日航羽田沖墜落事故】
 1982年2月9日、日本航空、福岡発東京行350便が羽田空港沖に墜落した事故である。この墜落により乗客24名が死亡、乗務員を含む149名が重軽傷を負った。

【コンコルド墜落事故】
 世界唯一の商業用超音速旅客機であったエール・フランス所属のコンコルドが2000年に離陸直後に墜落した事故である。この事故により乗員9名、乗客100名の搭乗者109名全員と墜落現場付近にいた4名のあわせて113名が死亡し、10名以上が負傷する大惨事になった。





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